ミルカ(2013年 インド)

ミルカ [DVD]
ミルカ [DVD]

皆様、明けましておめでとうございます。当ブログは、本年8月に開設5周年を迎えます。ここまでどうにか続けてこられたのは、当ブログを読んでくださった皆様のおかげです。この場をお借りして心よりお礼申し上げます。本年も引き続きお引き立ての程、よろしくお願いいたします。




1960年、インドのシーク教徒の陸上選手ミルカ・シン(ファルハーン・アクタル)は、ローマ・オリンピックに出場しました。少年時代からとても足が速かったミルカは、オリンピックの金メダル候補と目されてきました。ミルカは、4年前の1956年にメルボルン・オリンピックに出場しましたが、残念ながら良い結果を残す事ができず、それ以来、4年間ずっと、厳しい練習に励んできました。ローマ・オリンピックでミルカが実際に出場した種目は、陸上男子400mでした。号砲が鳴った瞬間、ミルカは、一番外側の第6レーンからスタートし、いきなり先頭に出ました。ミルカは、そのまま200m地点を通過。ミルカは、1着でゴールして、インド初の金メダリストになるかと思われました。

ミルカ(字幕版)
ミルカ(字幕版)

しかし、ミルカは、ゴール目前で、少年時代のどうしても忘れる事のできない記憶が蘇ってしまいます。「ミルカ、逃げるんだ」当時、まだ少年だったミルカ(ジャプテージ・シン)は、ヒンドゥー教徒に命を狙われ、父・サンポーラン(アート・マリク)にそう言われて、サンポーランのいる方を何度も振り返りながら走り、故郷を離れました。ミルカ(ファルハーン・アクタル)は、あの時と同じように後ろを振り向き、次々に順番を追い抜かれ、なんと、4位でゴールしてしまいます。翌日、母国の新聞には、「インドスポーツ界最悪の日」という見出しが躍っていました。



インド北部の都市・チャンディガル。意気消沈して帰国したミルカの自宅に、コーチのランヴィール・シン(ヨグラージ・シン)から電話が入ります。実は、ミルカは、近々開催されるインド、パキスタンの2ヵ国の選手が出場する親善試合で、インド選手団の団長を務める事が決まっているのですが、過去の記憶と向き合わなければならないのではないかという不安が拭えず、出場すべきなのかどうか、ずっと葛藤が続いていました。しかし、インドのネルー首相(ダリップ・タヒル)も、パキスタンのアユブ・カーン大統領も、親善試合でミルカの走りを見たいと強く願っています。そこで、ランヴィールが交渉役を担う事になったのです。ミルカは、いったん電話に出ます。しかし、電話の声の主がランヴィールだと分かると、何も言わずに電話を切ってしまいます。



物語は、1947年まで遡ります。1947年、イギリス領インド帝国が解体し、その領土は、インド連邦とパキスタンに分離されました。当時、インド連邦はイギリスから独立を果たし、国民が歓喜に沸いていました。しかし、パキスタンでは、何十万もの家族が混乱の中で家を失い、ヒンドゥー教徒に命を狙われ、避難民としてインド連邦に逃げていました。当時、まだ少年だったミルカもその中の1人でした。ミルカは、イギリス領インド帝国の領土からパキスタンの領土に変わったゴーヴィンドプラ村の出身。イギリス領インド帝国解体後、村民たちは、村に残って改宗するか、改宗せずにインド連邦に逃げるかの選択を迫られました。この時、ミルカは、両親にも、姉・イシュリ(ディヴィヤ・ダッタ)にも相談ができない環境にあり、自分自身で道を選ばなければなりませんでした。考えに考えた結果、ミルカが選んだのは、インド連邦に逃げる道でした。ミルカは、たった一人でインド連邦に逃げ延び、首都・デリーにやって来ました。その後、ミルカは、インド連邦でイシュリと奇跡的に再会する事ができました。しかし、その後も、同年代の少年たちにいじめられたり、イシュリが同じ避難民の男性からレイプされているのを止めに入られなかったりと、辛い出来事が続き、心が休まる事はありませんでした。



1960年、ネルー首相は、ランヴィールが電話での交渉に失敗した事を知ります。しかし、ネルー首相はミルカの事を諦められず、ミルカを絶対に親善試合に出場させるべく、ランヴィールと側近のワードワに、ミルカの自宅を訪ねて、直接交渉するよう、命じます。さらに、ミルカの事を以前からよく知る男性・グルデーウ・シン(パワン・マルホトラ)も交渉に加わります。グルデーウは、かつて、ミルカが陸軍の訓練所に入り、陸上選手である事を理由に雑役を免除された後、陸上のコーチとして指導にあたっていました。こうして、3人の男性がミルカを説得する事になったのです。



3人は汽車に乗車し、目的地のチャンディガルに到着するまでの間、皆でミルカの歩んだ道のりについて語り合います。やがて、3人は、ミルカが故郷を離れた経緯を語り合うと、実に神妙な面持ちになります。「ミルカを親善試合に出場させるのは、酷なのではないだろうか?」3人は、チャンディガルの駅に到着した後も、このように自問自答していました。やがて、3人は、ミルカの自宅に到着します。ミルカは、自分たちの説得に応じてくれるのだろうか。3人の心の中は、不安でいっぱいでした…。



「空飛ぶシーク教徒」の異名を持つインドの陸上界のレジェンド、ミルカ・シンの半生が描かれたこの映画は、2014年に、第15回国際インド映画アカデミー賞で、最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞(ミルカ役のファルハーン・アクタル)など計14部門を独占しました。原作は、ミルカ・シン本人と娘のソニア・サンワルカの自伝"The Race of My Life"です。ミルカは、この自伝の映画化の権利を1ルピーで譲渡し、貧困層への支援活動を行う、自らの名を冠した慈善団体に収益の一部を寄付する契約を結びました。監督及びプロデューサーを務めたのは、インドの映画界で最も尊敬を集める映画監督として知られているラケーシュ・オムプラカーシュ・メーラ。映画監督としての代表作は、ミュージカル映画「デリー6」(2009年)です。ご興味があれば、ぜひご覧いただけたらと思います。



主人公・ミルカを演じたファルハーン・アクタルは、俳優、映画監督、歌手、テレビ司会者と、様々な顔を持つ人物。アクタルは、この映画への出演にあたり、ハードなトレーニングと食事制限によって、体脂肪を5%にまで落としたそうです。陸軍での練習やオリンピックで走るシーンでは、アクタルの徹底的に鍛えられた筋肉に一目惚れする事間違いなしですよ!



今回は、映画の上映時間が2時間30分に及ぶため、あらすじをかなり端折りました。実は、ご紹介したシーンとシーンの間には、本当は詳しくご紹介すべきシーンの数々が、およそ1時間にわたって丁寧に描かれています。大人に成長したミルカと初恋の女性ビーロー(ソナム・カプール)との出会いからあまりにも切ない別れまでのシーン、ミルカが陸軍に入隊して厳しい練習をこなすシーン、ローマ・オリンピックの4年前に出場したメルボルン・オリンピックで味わった新たな恋のシーンなど、省略して申し訳ございません。



最初、私は、ミルカがローマ・オリンピックで敗北を喫し、立ち直るまでの展開だけに期待してこの映画を観たのですが、途中で道を逸れてしまい、なかなか本題に戻らないので、観る側に忍耐力が求められる映画だと思いました。しかし、ミルカの2度の恋や大勢での華やかなダンスといった、いかにもインドらしい娯楽性と、インドでの女性の立場の弱さを懸命に伝えるメッセージ性とが同居しているので、インドという国の縮図と呼ぶにふさわしい映画なのではないかとも思いました。インド映画を全く観た事がない方は、この映画からチャレンジしてみるといいかもしれません。



物語の後半には、ミルカが1958年に東京で開催されたアジア大会に出場するシーンがあります。今年は、2020年。いよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。今年の2つのビッグイベントを頭の中で色々とイメージしながらこのシーンを観ると、きっと楽しいのではないでしょうか。因みに、タレントの武井壮さんがこの映画に陸上日本代表選手役で出演しています。武井さんは、このアジア大会のシーンに登場されるのでしょうか?それとも、別のシーンなのでしょうか?無性に気になる方は、ぜひチェックを。

ミルカ [DVD]
ミルカ [DVD]


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント