名もなきアフリカの地で(2001年 ドイツ)

名もなきアフリカの地で [DVD]
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1937年12月、ナチスドイツによる迫害から逃れるため、ドイツからケニアに移住していたユダヤ系ドイツ人ヴァルター・レドリッヒ(メラーブ・ニニッゼ)は、ドイツに残っている妻・イェッテル(ユリアーネ・ケーラー)に手紙を書きます。ナチスドイツによって弁護士の資格を剥奪されたヴァルターは、もはや居場所がなくなったドイツでの生活に見切りをつけ、知人のモリソンが経営するケニア・ロンガイの農場で働き始めたのですが、最近になって、遂に、イェッテルと幼い娘・レギーナ(レア・クルカ)をケニアに呼び寄せるための資金を調達するメドがたったのです。1938年4月、イェッテルは、レギーナと一緒にケニアに渡ります。イェッテルは、ヴァルターの父をケニアに連れて行けないのを心苦しく思っていました。ヴァルターの父は、長年にわたって経営してきたホテルがナチスドイツに奪われ、また、ナッツアレルギーという健康上の問題も抱えており、ドイツに残す訳にはいかない状態にあったのです。

名もなきアフリカの地で [Blu-ray]
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イェッテルとレギーナは、ドイツから船と汽車で移動して、ケニアの首都・ナイロビの駅に到着し、モリソンや2人の地元の農夫たちの出迎えを受けます。そして、迎えの車に乗り込み、ロンガイにある農場を目指します。道中、一行は、1頭の牛が水不足を理由に命を落としているのを目撃します。イェッテルは、牛の亡骸を幼いレギーナに見せてはならないと思い、レギーナの両目を自身の両手で覆います。まさに、イェッテルが、アフリカの自然の厳しさを初めて肌で感じた瞬間でした。やがて、車は農場に到着します。イェッテルは、ヴァルターの顔を見た瞬間、ヴァルターのいる方向へまっすぐ走っていき、最大限の力を込めて抱き合います。一方、レギーナも、住み込みの料理人・オウア(シデーデ・オンユーロ)に促され、車を降ります。ヴァルター、イェッテル、レギーナの一家3人での新たな生活は、こうして始まったのでした。

名もなきアフリカの地で(字幕版)
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翌日、イェッテルは、お嬢様育ちであるが故に、生活習慣の違いに戸惑います。ドイツ語が通じないのは勿論、大きなバケツ1杯に水を汲んで運ぶのが女性の役割である事にも、納得が行きません。また、オウアは、自身の仕事以外の事には一切手を貸しません。さらに、食事の際は、ヴァルターとモリソンとの間で交わされていた約束で、卵を食す機会はあっても、鶏肉は一切食べない決まりになっていました。イェッテルは、ケニアでの生活に嫌気がさし、荷物をまとめて農場を出ていこうとします。誰も知り合いがいない国で不慣れな生活を強いられるくらいなら、ドイツで死んだほうがましだと考えるイェッテル。しかし、ヴァルターが鬼の形相で命の重みについて話した事で、イェッテルは農場を出て行くのを思い止まるのでした。



1938年11月、ヴァルターはドイツにいる父に手紙を書いていました。いよいよドイツで戦争が始まるかもしれないとの情報を耳にし、父もケニアに呼び寄せようと考えたのです。一方、レギーナは、現地の公用語であるスワヒリ語を習得し、オウアや地元の子どもたちと仲良くなっていました。そんなある日、1台のトラックが突然、農場にやって来ます。トラックの荷台には、なぜかモリソンの姿が。トラックから軍服姿の男性が何人か降りて来ると、いきなりヴァルターを拘束します。とうとうドイツで戦争が始まり、ケニアに滞在しているドイツ人は、皆、敵性外国人とみなされ、ケニア国内に設けられた収容所に収容されなければならなくなったのです。収容所は男性用と女性及び子ども用に分かれており、ヴァルターとモリソンは男性用に、イェッテルとレギーナも、後でやって来た別のトラックに乗せられ、女性及び子ども用の収容所となったナイロビのホテルに連れて行かれます。一家3人がいなくなった農場は、オウアが留守を預かる事になりました。



男性用の収容所に収容されたヴァルターは、ドイツに残してきた家族の安否や、未だにケニアに馴染めないでいるイェッテルの事が気になって仕方がありませんでした。一方、イェッテルたちは、ホテルが収容所として使われているため、男性用とは違い、清潔感のある暮らしができていたのですが、ドイツ人であるが故に、ホテルの従業員たちから厄介者扱いを受けていました。そんなイェッテルたちの楽しみは、日々の夕食のメニューが何なのかを想像する事でした。



そんなある日、イェッテルは、同じ収容所で暮らすユダヤ系ドイツ人の女性から、ナイロビのユダヤ人会の存在を教えてもらいます。ヴァルターに会いたい気持ちをどうしても抑えられないイェッテルは、早速、ユダヤ人会に手紙を送る形で協力を仰ぎます。その結果、イェッテルは、2週間後にレギーナと一緒に男性用の収容所を訪れ、ようやくヴァルターと再会する事ができました。イェッテルは、一家3人でロンガイの農場に戻る事を望んでいました。しかし、残念ながら、それは不可能でした。ドイツで戦争が始まった時、ヴァルターは、ドイツ人である事を理由にロンガイの農場を解雇されていたのです。イェッテルは、まさかの事実にひどく落胆します。イェッテルから事実を聞かされたレギーナも、留守を預かってくれているオウアに再会できないのではないかと不安になります。



それでも、イェッテルは、ヴァルターの望みを叶えてあげたいという想いで、収容所を管理するイギリス軍から外出許可を貰った上で、ナイロビのユダヤ人会を訪れます。イェッテルは、会長のルーベンスの力添えさえあれば、今度こそ、ヴァルターの望みが叶うと強く思い込んでいました。ところが、ルーベンスは、「ユダヤ人は、皆、苦労している。自分で何とかしたらいい。」と、消極的な態度を見せます。イェッテルが収容所に戻ると、外出許可を貰った時に通訳をしてくれた軍曹・ジェスキント(マティアス・ハビッヒ)が部屋に忍び込んでいました。ジェスキントは、ヴァルターの解雇の撤回が上手く行かなかった事をイェッテルから教えてもらうと、農場の仕事を斡旋してくれる知り合いがいる事を教え、イェッテルを背後から抱き寄せます。収容所の庭で友達と遊んでいたレギーナは、部屋のカーテンの向こうに見える母親の姿を受け入れられませんでした。



ある日、ヴァルターが、突然、イェッテルとレギーナに会いにやって来ます。ヴァルターは、収容所を出て、新しい農場で働けることになったのです。新しい農場は、ロンガイから32㎞離れたオル・ジョロにあります。一家は、モリソンの運転するトラックに乗り、新しい農場に向かいます。その道中、レギーナは、自分たちがいまどこにいるか、オウアに分かるように、トラックの荷台からトランプカードを1枚ずつ地面に落とすのでした。



新しい農場での生活が始まって数日後、ヴァルターは、一人で畑を耕していました。すると、そこへ現地で40年暮らしているという農夫が現れます。「あなたが畑を耕すには、私による助けが必要だ。」と主張する農夫に、ヴァルターは早速協力を仰ぎます。さらに、農夫は農作業を手伝ってくれそうな人たちを大勢集め、ヴァルターと一緒に面接試験を行います。しかし、「報酬が少ない。」と不満を口にするインド人男性や、料理は出来ないが、床掃除ならできるという少年などが集まり、あまりいい人材が集まったとは言えませんでした。そんなある日の夜、一人の男性が新しい農場を訪れます。訪れたのは、なんと、オウアでした。一家3人は、まさかの再会に大喜び。オウアは、再び、レドリッヒ一家の下で、料理人として働く事になりました。また、レギーナも、ようやく現地の学校に通うようになりました。同じ学校の生徒でも、キリスト教徒とユダヤ教徒とで行動を別々にしなければならないのを、レギーナはとても残念がっていましたが、同じユダヤ教徒の同級生・インゲと一緒に過ごすおかげで、次第に落ち着いていきました。



数年後、レギーナ(カロリーネ・エケルツ)は10代の無邪気な少女に成長していました。相変わらずオウアと仲が良く、学校生活も充実していました。そんな中、一家の元に、イェッテルの母から手紙が届きます。手紙には、「明日、ポーランドへ送られます。」と、書いてありました。イェッテルは、母がどうなってしまうのか、不安でたまらないのですが、手紙には字数制限があり、詳細を知る事はできません。また、ヴァルターは、ドイツに残している自身の肉親の行方が全く分からず、不安を押し殺す日々を送っていました。この頃、ラジオのニュースでは、ドイツ軍の死傷者数が増える一方にあり、ドイツ軍の敗戦の色がますます濃くなっている事が報じられていました…。



この映画は、2003年に第75回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞しました。メガホンを取ったのは、ドイツ出身の映画監督で、脚本家としても活躍しているカロリーヌ・リンク。他の監督作品に、「ビヨンド・サイレンス」(1996年)、「点子ちゃんとアントン」(2000年)等があります。原作は、1995年にユダヤ系ドイツ人の作家・ジャーナリストのシュテファニー・ツヴァイクが発表した、同名タイトルの自伝的小説です。ツヴァイクは、1938年に、ナチスドイツによる迫害から逃れるため、一家でドイツからケニアに移り住んだ経験があり、この経験を基に執筆をしたそうです。同作は、ドイツで700万部以上を売り上げ、15の言語に翻訳されました。



この映画の特徴は、戦争の描写がかなり控えめである事です。第2次世界大戦の頃にユダヤ系ドイツ人の一家が歩んだ道のりを描いた物語ではありますが、ナチスドイツによるユダヤ系ドイツ人への迫害や軍人同士による殺し合いがほとんど見られず、劇中に登場する手紙の文面や、ヴァルターやイェッテルの苦悩に満ちた表情や言動で、戦争の悲惨さを描いているのです。とても珍しいタイプの戦争映画だと思います。戦争映画のジャンルに含まれるすべての映画がこうなってほしいとは思いませんが、たまにはこのようにソフトに描かれる戦争映画があってもいいのではないかと思いました。



また、幼い頃のレギーナを演じたレア・クルカが凄くかわいかったです。特に、シデーデ・オンユーロ演じるオウアと楽しく遊んだり、スワヒリ語で会話をしたりする姿は、観ていてとても微笑ましかったです。それ故に、彼女が戦争に翻弄される大人のペースに巻き込まれていくのを見るのは、凄く辛かったです。大人の勝手な都合で子どもを悲しませるほど、辛いものはありませんね。本当に。

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