ブルックリンの恋人たち(2014年 アメリカ)

ブルックリンの恋人たち スペシャル・プライス [DVD]
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アメリカ・ニューヨークのブルックリンで生まれ育った大学院生・フラニー(アン・ハサウェイ)は、モロッコの遊牧民について研究するため、半年前からモロッコに住み、人類学の博士号の取得を目指しています。ある日、フラニーの元に、作家である母・カレン(メアリー・スティーンバージェン)から突然、電話が入ります。フラニーの弟で、大学を中退して、ブルックリンでストリートミュージシャンをしているヘンリー(ベン・ローゼンフィールド)が、交通事故に巻き込まれて、サットン記念病院に入院したというのです。ある日の夜、とある地下鉄の駅の構内でギターの弾き語りをしていたヘンリーは、帰りにヘッドホンをしながら歩道を歩いていた時に、背後から来たタクシーに轢かれてしまったのです。フラニーは、カレンに頼まれて、急遽、帰国します。

ブルックリンの恋人たち スペシャル・プライス [Blu-ray]
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フラニーは、帰国するとすぐに、サットン記念病院へ直行します。そして、病院に到着し、ヘンリーの病室に入ると、カレンが、懸命に涙をこらえながら、昏睡状態のヘンリーを見守っていました。その後、フラニーは、主治医から症状について説明を受けます。ヘンリーは、頭蓋骨のもろい部分があまりにも強い衝撃を受けた事で、血腫ができてしまい、非常に危険な状態にありました。カレンは、「『道を歩く時は両側を見て』と注意してきたのに」と、結果的にヘンリーが交通事故に巻き込まれてしまった事に責任を感じていたのと同時に、この事故の一部始終がフラニーとヘンリーの今は亡き父の耳に入る心配がないという安心感が心の片隅にありました。

ブルックリンの恋人たち(字幕版)
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その後、フラニーは、病院を出て、ブルックリンにある自宅に帰ります。病院を出る前、フラニーは、カレンから、(「フラニーの自室が箱だらけで散らかっているため)ヘンリーの部屋を使ってほしい」と、頼まれていました。早速、フラニーがヘンリーの部屋に入ってみると、そこには、有名ミュージシャンのジェイムズ・フォレスター(ジョニー・フリン)のポスターがたくさん貼ってあり、なんと、ヘンリーとジェイムズのツーショット写真も大切に飾ってありました。また、ここには、ヘンリーの自作の曲が収録されたCDも置いてありました。フラニーは、CDケースからCDを取り出し、早速、再生します。CDから聞こえてきたのは、普段、多忙を極めているフラニーにあまり期待はしてはいないけれど、どうか初めての自信作を聴いてほしいというボイスメッセージ、そして、魂のこもった歌声でした。

ブルックリンの恋人たち(吹替版)
ブルックリンの恋人たち(吹替版)

ヘンリーの自作の曲を聴いたもの、どうしたらヘンリーの力になってあげられるのか、まだ答えを見出せないフラニー。翌日、フラニーは、ヘンリーの病室を訪れます。フラニーは、ぽろぽろと涙をこぼしながら、姉としての至らなさをヘンリーに謝り、昨日から溜めていた不安を病院のトイレで爆発させます。実は、フラニーは、半年前、モロッコに旅立つ前に、ヘンリーと大喧嘩をしていました。姉弟で大喧嘩をしてしまったのは、この時が初めてでした。フラニーは、ヘンリーが大学を中退した事を知り、「とんでもない過ちだ」と、ヘンリーの決断を責め立てました。もしかしたら、大喧嘩でのやり取りがヘンリーとの最後の会話になってしまうのだろうか。フラニーは、悔やんでも悔やみきれませんでした。

ブルックリン散歩BOOK
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その後、フラニーは、自宅に戻り、ヘンリーの部屋で1冊の小さな日記帳を見つけます。そこには、ヘンリーのジェイムズを敬う気持ちや自作の詩等がびっしりと書き込まれていました。さらに、このノートには、1枚のチケットが挟んでありました。それは、6月1日8時に開演予定のジェイムズのライヴのチケットでした。フラニーは、ヘンリーに代わって、ライヴを観に行く事にします。

21 地球の歩き方 Plat ブルックリン (地球の歩き方Plat)
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ジェイムズのライヴは、フラニーが会場の観客スペースに着いたのとほぼ同時に始まりました。ステージに立ったのは、ジェイムズ1人だけでした。ジェイムズは、至ってラフな出で立ちで、ドブロ・ギター1本で、囁くように歌います。さらに、途中で美しい裏声を出したかと思うと、ドブロ・ギターを下ろして、今度はなんと、バイオリンの演奏を始めます。ジェイムズは、歌声の美しさといい、歌詞の世界観といい、楽器の演奏技術といい、観る者を惹きつける様々な魅力を持っていました。



ライブ終了後、ジェイムズは、観客からのサインや写真撮影の依頼に、気さくに応じていました。フラニーは、観客が作る行列には並びませんでしたが、観客が皆、帰宅の途に就いた後に、思い切って、ジェイムズに声を掛けます。フラニーは、緊張の面持ちで、ジェイムズを尊敬してやまない弟・ヘンリーが入院中である事、以前にヘンリーがジェイムズとのツーショット写真を撮ってもらった事、ヘンリーがジェイムズにファンレターを書いた事を伝え、ジェイムズにヘンリーの自作のCDを渡します。ジェイムズは、ヘンリーの容態を心配する気持ちをフラニーに伝え、CDを受け取るのでした。



翌日も、フラニーは、ヘンリーの病室を訪れます。この日も、ヘンリーは意識が戻っていませんでした。フラニーは、持参したパンケーキを食べさせようとしたり、しっかりと閉じている両方の瞼を強引に開けてみたりしましたが、どちらもあまり上手くいきませんでした。そんな時、ジェイムズがヘンリーのお見舞いに訪れます。フラニーは、まさかジェイムズと再会するとは夢にも思わず、思わず驚きの声を上げます。ジェイムズは、この日、カフェでコーヒーを2杯買い、しばらく通りを歩いていたら、たまたまサットン記念病院の近くを通りかかり、そして、昨夜、ライヴ後に、ヘンリーがこの病院に入院している事をフラニーから聞いていたのを思い出して、ヘンリーを見舞おうと思ったのです。ジェイムズは、2杯のコーヒーのうちの1杯をフラニーにプレゼントし、ヘンリーのCDを聴いた事、収録されていたヘンリーの自作の曲がとても気に入った事を伝えます。同じ曲を気に入っていたフラニーは、思わず笑みを浮かべ、もし、ヘンリーがジェイムズの感想を聞いたらきっと喜んでくれるだろうと思うのでした。



さらに、ジェイムズは、ヘンリーのために、「ここで、歌声を聴かせたい」とフラニーに申し出て、持ち歩いていたドブロ・ギターをケースから取り出します。フラニーが申し出を承諾すると、ジェイムズはヘンリーに届けとばかりに、ドブロ・ギターを弾きながら歌声を聴かせます。その間、フラニーは、ヘンリーの顔をじっと見つめ、ジェイムズの歌声がヘンリーに届いている事をただただ信じます。



歌を歌い終わったジェイムズは、その後、病室を後にし、フラニーは、病室の近くのエレベーターまでジェイムズを見送りに行きます。エレベーターが来るのを待つ間、フラニーは無意識にジェイムズを食事に誘います。ジェイムズの歌声に、ヘンリーだけでなく、自身も引き込まれてしまったが故の事なのかもしれません。ジェイムズは、全く迷う事なく誘いに応じます。これをきっかけに、フラニーとジェイムズは急接近するのですが、それは、2人にとって、わずか7日間の恋の始まりでした…。



この映画は、主人公が何か大きな目標に向かって進んでいく訳ではないので、観る人によっては単調な映画に思えるかもしれません。しかし、私は、様々な断片に癒される名作だと思いました。ブルックリンの夜景、名もなきニューヨーカーたちが住むアパートの部屋の家具やポスターにレコード、ジェイムズをはじめとするミュージシャンたちによるライヴハウスでの演奏、ライトが眩しく光るディスコで耳をつんざくようなディスコサウンドに合わせて踊る若者たち…。これらを目にすると、いつかニューヨークへ旅に出て、夜の街を散歩して、大人の階段を幾段か上がったような気分になりたくなります。



メガホンを取ったのは、この映画で監督デビューを果たし、脚本も手掛けたケイト・バーカー=フロイランド監督。「プラダを着た悪魔」(2006年)で、監督アシスタントを務めた人物です。フラニーを演じたのは、「プラダを着た悪魔」、「レ・ミゼラブル」(2012年)のアン・ハサウェイ。この映画の脚本に惚れこみ、フラニー役の他にプロデューサーも務めました。ハサウェイの顔の美しい輪郭とショートヘアとの組み合わせは最高で、いつまでも見つめていたくなりますよ。



ところで、なぜ、フラニーとジェイムズの恋がわずか7日間と決められているのでしょうか。そして、2人は、最終日を迎えた時に、どのようなフィナーレを迎えるのでしょうか。これらの答えを知りたい方は、ぜひこの映画を最後までご覧ください。因みに、私は実際にフィナーレを観ましたが、このフィナーレ、大好きです!いかにも映画らしくて大好きです!!

ブルックリンの恋人たち スペシャル・プライス [DVD]
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ぼくのエリ 200歳の少女(2008年 スウェーデン)

ぼくのエリ 200歳の少女 スペシャルプライス版 [DVD]
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スウェーデンの首都・ストックホルム近郊の町ヴェリングビー。真冬のある日の夜、この町では雪が深く降り積もっていました。少し長いブロンドヘアが印象的な12歳の少年・オスカー(カーレ・ヘーデブラント)は、この町に建つ集合住宅の一室で母親と一緒に暮らしていますが、この日はたった一人で留守番をしていました。そんな時、オスカーと同じ年齢の少女・エリ(リーナ・レアンデション)が、親子ほどの年齢差に見える男性・ホーカン(ペール・ラグナル)と一緒にタクシーから降りてきます。この日、エリとホーカンは、オスカーの住む部屋の隣に引っ越してきたのです。オスカーは、部屋の窓ガラスから、エリとホーカンが集合住宅の中へと消えていくのを見ると、窓ガラスとは反対の方向を向き、手に持っていたナイフで誰かを刺す動きをし始めます。「ブタの真似しろよ」、「鳴け」、「ブタめ」、「鳴いてみろ」、オスカーは、何らかの復讐を果たそうとしているようです。

ぼくのエリ 200歳の少女 [Blu-ray]
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翌日、オスカーは学校に登校します。オスカーは、授業と授業の合間に、学校の廊下で同級生にいじめられます。同級生の目から見て、オスカーの態度は、常に生意気に見えて仕方がないのです。オスカーは、いきなり、同級生から「何見てるんだ」と言われ、鼻の穴のあたりをグイッと持ち上げられ、「ブー」と、面白おかしく豚の鳴き真似をしてきます。同級生は、やりたい事を一通りやり終えると、「次は体育の授業だ」と言って、走り去っていきます。オスカーは、同級生に容赦なく心を傷付けられ、目をつむって、ひたすら悲しみに耐えるのでした。



一方、ホーカンが、何か化学物質らしきものを容器に詰めて、外出します。ホーカンが向かった先は、近くの小さな森でした。森に着いたホーカンは、しばらくの間何もせず、その場でじっと立っていました。すると、そこへ一人の男性が通り掛かります。ホーカンは、男性に時間を尋ねます。しかし、男性は、あいにく時計を持っていませんでした。残念ながら時間を知る事ができなかったホーカンは、化学物質らしきものが入った容器の先端を男性の口に当てて、中身を無理やり吸わせます。男性は、すぐに大声でもがき苦しみ、倒れて、その尊い命を失います。ホーカンが持っていた容器に入っていたのは、ハロタンガスでした。

ホーカンは、男性の遺体の両足を縛り、遺体を木の枝から逆さ吊りにして、ナイフで血管を切り、血液を完璧に抜きます。ホーカンは、淡々と作業を進めていましたが、そこへ散歩中の犬・リッキーが通り掛かり、雪の上に座ります。ホーカンは、リッキーの飼い主にこの事を知られたくなくて、慌てて逃げていきます。それから間もなくして、リッキーの飼い主の女性がようやくリッキーに追い付くと、目の前の光景にただただ驚きます。「置いてくるなんて」、「どうすればいいの」ホーカンは、帰宅すると、エリから画鳴り声で責められます。「何とか言え!」エリがさらに圧力をかけるように怒鳴ると、ホーカンは「すまない」と、蚊の鳴くような声で謝るのでした。



その頃、オスカーは、ナイフを持って集合住宅の外に出て、ナイフを1本の木の幹に刺したり抜いたりしていました。オスカーは、この木の幹をいじめてくる相手に見立てて、相手を刺す術を探っているのです。そんなオスカーを、ジャングルジムのてっぺんからじっと見つめる一人の少女がいました。ジャングルジムに上っていたのは、エリでした。エリは、オスカーの何とも物騒な行動を見て、「友達になれない」と言って、オスカーと距離を取ろうとします。オスカーは、初対面の相手からいきなりそう言われて、ショックを受けます。



翌日、オスカーが学校に登校すると、担任教師が神妙な面持ちで生徒たちに話をしていました。前日に、地元の小さな森で、男性がハロタンガスを使って殺害された事件について話をしていたのです。オスカーの同級生・コンニは、「犯人を見つけたら殺してもいい?」と、ジョークを飛ばしますが、ジョークは全く通用せず、担任教師に一喝されます。その後、休憩時間になると、オスカーはトイレにこもります。トイレの扉の向こうからは、「オスカー」、「子ブタちゃん」と、オスカーを呼ぶ同級生の声が聞こえてきます。オスカーは、人の気配がなくなるのを待って、トイレを離れるのでした。



オスカーが下校すると、母親が、新聞を読みながら、ハロタンガスが使われた事件に対して、憤りを露わにしていました。この集合住宅からわずか2駅先で発生したのですから、憤るのは無理もありません。オスカーは、しばらくの間、自室にこもります。「血を集める殺人鬼」、「ベイルートで大量殺人」、「抜き取られた被害者の血液」、オスカーは、これらのような新聞の衝撃的な見出しを切り抜いて、一枚ずつスクラップブックに糊付けするのが趣味でした。オスカーは、この日も、前日の事件の見出しをいつものようにスクラップブックに糊付けします。これらの見出しを新聞記者たちに書かせた張本人が、自身のすぐ傍にいるとは気付かずに。



その日の夜、エリは一人で外を歩いていました。しかし、エリは、気分が悪くなって、倒れてしまい、目の前を通り掛かった中年の男性・ヨッケ(ミカエル・ラーム)に助けを求めます。ヨッケは、エリの声に気付き、エリに近付いて、抱き抱えます。すると、次の瞬間、エリはいきなりヨッケに噛み付きます。どんなにヨッケが激しく抵抗しても、どんなにエリが返り血を浴びても、エリは、ヨッケの血液を最後の一滴まで吸い取りたいので、一度噛んだ場所をいつまで経っても離そうとしません。そして、ヨッケの命が尽きると、エリはようやく自身の体を起こします。実は、エリは、200年も前から人間の血液を吸い取って生きてきたヴァンパイアだったのです…。



皆さん、エリの正体がついに明らかになりましたね。エリの突然の行動に、間違いなく背筋が凍りますよね。スウェーデン・ヴェリングビーのいかにも底冷えしそうな一面の銀世界の中で、いきなりそんな事が起こったら、物凄く怖いですよね。原作は、スウェーデン出身の作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが2004年に発表したヴァンパイア・ホラー小説「MORSE-モールス-」で、リンドクヴィストは、この映画の脚本も手掛けています。リンドクヴィストは、12年にわたってマジシャン、スタンダップ・コメディアンとして活動し、その後、作家としてデビューした、まさに異色の経歴の持ち主です。メガホンを取ったのは、スウェーデン出身のトーマス・アルフレッドソン監督。代表作は、「裏切りのサーカス」(2011年)です。



オスカーは、学校の中でも外でも、同級生からブタのように扱われていて、観ていて、本当に胸が痛みます。オスカーがいじめられるシーンはいくつも登場しますが、ストーリーの後半に、その極みと言えるシーンがあります。同級生・コンニが、2人の仲間に、1本の細い木の枝でオスカーを叩くよう、命じるのです。2人は、ボスのポジションにいるコンニの命令に背く訳にはいかないので、すぐに1人ずつ順番にオスカーの足や顔を木の枝で叩きます。1人目は、ずっと泣き顔で、手に力が入らず、2人目は、枝の先端でオスカーの頬を切り、頬から血が滲み出てしまいます。滲み出た血を目にしたコンニと2人の仲間は、オスカーの母親に叱られるのを恐れて、逃げてしまいます。一方、オスカーは一人で帰宅します。そして、母親に頬の怪我の事を尋ねられた際、母親に心配をかけまいと思って、「転んで怪我をした」と、嘘をつきます。この映画の舞台・スウェーデンでも、私たちが住む日本でも、このようないじめ、或いは、虐待において、被害者が事実を隠して明るく振る舞うのは、本当に残念でなりません。被害者がいじめや虐待の事実がないふりをし続けるのは、被害者の家族や友人にとって、幸せな事ではありません。家族や友人が一緒に悩み、苦しむ事こそが、幸せな事なのです。



上記に書かせていただいたように、オスカーは、エリと出会った時、エリから「友達になれない」と言われてしまい、ショックを受けます。しかし、時間が経つにつれて、2人は次第に心を通わせるようになります。この間の道のりは、オスカーがありのままのエリを受け入れられるか否かについて葛藤する日々と言えます。葛藤の日々のシーンは、どれも見応えがあるものばかりなので、私は、葛藤の日々がこの映画の一番の注目ポイントではないかと思いました。

ぼくのエリ 200歳の少女 スペシャルプライス版 [DVD]
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人生スイッチ(2014年 アルゼンチン・スペイン)

人生スイッチ [DVD]
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「おかえし」

モデルのイサベル(マリーア・マルル)は、とある広々とした空港で、見るからに重たい青のスーツケースを引っ張っています。イサベルは、ファッションショーに出演するため、搭乗を前にチェックインをしようとしていました。そして、航空会社の窓口に着くと、早速、手続きを始めます。イサベルは、事前に会社がチケット代を支払っていましたが、自身のアカウントでマイルを溜められるかどうかを、グランドスタッフに尋ねます。残念ながら、答えは「ノー」でしたが、イサベルは、何も反論する事なく、笑顔で3番ゲートへ向かいます。

こうして、イサベルが搭乗した便は無事に離陸します。備え付けの雑誌に目を通しているイサベルの隣には、クラシック音楽専門の音楽評論家・サルガード(ダリオ・グランディネッティ)が座っています。サルガードが何となくイサベルに声をかけたのがきっかけで、2人はしばらくの間、おしゃべりに花を咲かせます。イサベルは、サルガードの職業を知ると、かつて交際していた男性で、クラシック音楽を学んでいたガブリエル・パステルナークの事を思い出します。ガブリエルは、イサベルと交際していた時代に、自身が手掛けた音楽作品をサルガードに酷評された事がありました。

サルガードのすぐ前に座っていたレギサモン(モニカ・ビリャ)は、そんな2人の会話に耳を傾けていました。レギサモンは、ガブリエルの小学校時代の恩師でした。当時、レギサモンは、ガブリエルが家庭で問題を抱えていた事、まるで、生まれたばかりの赤ん坊のように泣き叫んでいた事を今でもよく覚えていて、留年が決まった時は、事実を告げるのにとても苦労しました。さらに、この便には、レギサモンの教え子であり、ガブリエルをよくいじめていたイグナシオ、ガブリエルが働いていた店で店長を務め、客と頻繁にもめるのを理由にガブリエルを解雇したという男性、さらには、かつて、ガブリエルを診察していた精神科医・ヴィクトールも搭乗していました。サルガードは、ガブリエルとゆかりのある搭乗客が多いのがあまりにも不思議に感じられ、座席から立ち上がって、「他に、ガブリエル・パステルナークを知っている人は?」と周囲に尋ねます。すると、搭乗客全員が、ガブリエルの事を知っていました。しかも、どの搭乗客も、自分でチケットを買った訳ではなく、親切にチケットを用意してくれた人物がいたというのです。さらに、客室乗務員の中に、ガブリエルは自身の同僚で、人となりをよく知っているという人物がいました…。

人生スイッチ(字幕版)
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「おもてなし」

土砂降りの雨が降る夜、人影もまばらなカフェに、一人の男性客が入ってきます。「お一人様ですか?」と尋ねるウェイトレス(フリエタ・ジルベルベルグ)に、男性客は、「君は算数が得意なんだな。」と皮肉って、席に座ります。ウェイトレスは、男性客にメニュー表を渡すと、厨房に入り、今にも溢れ出しそうな涙を懸命にこらえます。カフェの女性料理人(リタ・コルテセ)が「注文は?」と、ぶっきらぼうに尋ねると、ウェイトレスはこう言いました。「あいつは、故郷にいた男よ。」男性客の名は、クエンカ(セサル・ボルドン)。クエンカは、高利貸しの悪党で、ウェイトレスが暮らしていた家を競売にかけて、ウェイトレスの父親を自殺に追い込み、父親の葬儀からわずか2週間にウェイトレスの母親を誘惑しました。ウェイトレスは、クエンカから逃れるために母と一緒に引っ越しをしたのです。

料理人は、ウェイトレスの気持ちを察し、クエンカを賢く懲らしめる方法として、ネズミを退治するための薬剤・猫いらずをクエンカが注文した料理に入れる事を提案します。クエンカが猫いらずの入った料理を食べたら、わずか5分で心臓発作を引き起こすというのです。その後、ウェイトレスはクエンカから注文を受けます。クエンカが注文したのは、ポテトフライに、目玉焼き、そして、ダイエットコーラでした。厨房に戻り、怒りを露わにするウェイトレスの姿を見た料理人は、猫いらずの入った大きな缶を棚から取り出します。ウェイトレスは、まさか料理人が本当に猫いらずを使うとは思っていなかったため、思わず、「正気なの?」と確かめます。料理人は、正気で、クエンカを懲らしめる自信がありました。しかし、ウェイトレスは、猫いらずを拒みます。クエンカがもがき苦しんで死ぬ姿を想像すると、猫いらずを用いる勇気が出ないのです。

ウェイトレスは、再びクエンカに呼ばれます。実は、クエンカは、近々、市長選挙に立候補する予定で、ポスターの写真を何枚か見比べろというのです。「あんな悪党が政治家を目指すなんて、あり得ないとしか思えない。」ウェイトレスは、憤りを覚えながらも、顔が真面目過ぎるように見えるかどうかを尋ねてくるクエンカに、「いいと思う。」と返事をします。ウェイトレスが厨房に戻ると、料理人がポテトフライを作っていました。「刑務所も悪くないよ。」料理人は、刑務所に収監される事を全く恐れていませんでした。実は、料理人には逮捕歴があるのです。料理人は、改めて、猫いらずを取り出し、ウェイトレスに使うかどうかを尋ねます。ウェイトレスは、どう決断を下すのでしょうか…。

人生スイッチ(吹替版)
人生スイッチ(吹替版)

「パンク」

誰もいない山間部の高速道路で、サングラス姿の男性・ディエゴ(レオナルド・スバラーリャ)が真っ黒なベンツを運転しています。しばらくすると、ディエゴの運転するベンツは、たくさんのがらくたを屋根の上に積んだ、錆だらけの白い車に追い付きます。白い車は、当然、スピードが出ず、真っ直ぐ走る事ができません。ディエゴは思うように前に進めない事に苛立ちを見せ、やがて、我慢の限界に達すると、隣の車線に出て、白い車を追い越します。ディエゴは、窓ガラスを開けて、白い車を運転している坊主頭の屈強な男性・マリオ(ワルテル・ドナード)に向かって、「おい、ふざけんなよ、この田舎者!」と、叫びます。しかし、マリオは、ニヤリとするだけ。ディエゴは、さらに「バカ野郎!!」と叫び、白い車を追い越していきます。

その後、穏やかさを取り戻したディエゴでしたが、今度は、右側の後輪がパンクしてしまいます。ディエゴはスマートフォンで業者に電話をかけ、助けを求めます。しかし、業者がすぐにこの現場に駆けつけるには無理があります。ディエゴは、結局、車に備えつけてあったスペタタイヤを取り出し、自分でタイヤを交換します。すると、そこへ、あの白い車がやって来ます。マリオは、自力でタイヤを交換するディエゴを見て心配し、「どうした?」と声を掛けます。ディエゴは「お先にどうぞ。」と、マリオに道を譲ります。しかし、マリオは、ディエゴの親切心に従うのかと思いきや、再びディエゴの元に戻ってきて、なんと、ベンツのワイパーを容赦なく引きちぎります。マリオは、ディエゴに罵られた時の事をまだ忘れてはいなかったのです。ディエゴは、怒りに震えながら警察に通報するのをマリオに見られて、懸命に許しを乞うのですが、マリオの怒りは収まらず、窓ガラスをひびだらけになるまで力いっぱい叩き、そこにたっぷりと放尿し、挙句の果てに、「この腰抜けがっ!!」と罵られてしまいます。ディエゴは、とうとう怒りを抑えられなくなり、マリオに仕返しをすべく、ベンツを白い車に体当たりさせます。白い車の先にはガードレールがなく、見えるのは、流れの速い川だけでした…。

アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)
アンガーマネジメント入門 (朝日文庫)

「ヒーローになるために」

ビルの爆破を担う解体職人・シモン(リカルド・ダリン)は、仕事の帰りにケーキを買います。この日は、娘の誕生日。娘は、シモンが、誕生日パーティーに食べるケーキを買ってくるのを心待ちにしていました。シモンは店員から渡されたケーキを手に、胸をワクワクさせながら、外に出ます。ところが、シモンが外に出ると、すぐそばに停めてあったはずの車が見当たりません。その代わり、アスファルトにレッカー車のイラストが描かれた紙が貼ってありました。いつの間にか、車がレッカー車に繋がれて移動してしまったのです。車を停めた場所の縁石の色は、駐車禁止区域である事を示す黄色ではなかったのに。

シモンは、タクシーに乗り、車を引き取りに行きます。しかし、シモンに応対した担当者の口調がキツく、シモンはつい文句を言ってしまいます。車を引き取るには、490ペソ(※日本円で約911円)が必要です。ケーキを360ペソで買ったばかりのシモンにとって、更なる出費は痛いです。シモンは、陸運局で不服申し立てができる事を担当者から聞かされます。しかし、シモンは、警察に落ち度があるとして、490ペソを払わない事をはっきりとした口調で告げ、「責任者のところに行って、車を返すよう言ってほしい。」と、頼み込みます。さらに、シモンは、この窓口に来る際に乗ったタクシーの代金も支払ってもらい、謝罪もしてもらうつもりでいました。しかし、担当者は苦笑いするだけ。次の順番を待つ人たちも、すっかり待ちくたびれていました。

シモンが帰宅すると、娘の誕生日パーティーは既に終わっていました。しかし、シモンは、娘に詫びる誠実さよりも、自身が警察に侮辱されたという悔しさの方が勝っていました。シモンは、キッチンで、妻・ビクトリア(ナンシー・ドゥプラア)に、担当者の対応の悪さをまくし立てます。常日頃から交通渋滞のトラブル、デモ行進への参加等と、夫の正義感に苦しめられる毎日を送っていたビクトリアは、ただただうんざりします。ビクトリアは、誕生日パーティーで首を長くしてケーキが届くのを待っていた娘の気持ちを考えようとしない夫に怒りをぶつけますが、それでも、本人の頭の中は、正義感を貫く事でいっぱいでした。その後、シモンは、陸運局に足を運び、取りあえず、490ペソを払いますが、警察の判断にはまだ納得がいかず、窓口で改めて抗議し、謝罪を求めます。しかし、担当者がすんなりと要望を受け入れるはずがなく、シモンは怒りを露わにします。担当者は警備員を呼びますが、シモンは、担当者の根性を試そうと、窓口のガラスをわざと消火器で割ろうとします。しかし、シモンは、駆けつけた警備員に取り押さえられ、警察に逮捕されます。翌日、会社の同僚が迎えに来てくれたおかげで釈放されましたが、前日の窓口でのやり取りは、幸か不幸か、新聞の1面に載りました。おまけに、会社から解雇され、ビクトリアからは三下り半を突きつけられてしまいました。しかし、シモンは…。



「愚息」

大富豪・モーリシオ(オスカル・マルティネス)を父に持つサンティアゴが、かなり動揺した表情で就寝中の両親を起こしています。サンティアゴは、モーリシオの名義の車で飲酒運転をした上に妊婦を轢いてしまい、母子共に助からなかったのです。テレビニュースでは、事故が大々的に報道されています。目を覚ましたモーリシオは、飲酒運転をしてしまったのか、それとも、マリファナを使用しているのかを問いただします。一方、母親は、ショックの余り、ただただ涙を流すばかりでした。その後、一家の元に顧問弁護士(オスマル・ヌニェス)が駆け付け、「家族の人生を台無しにされた」とリビングルームで憤るモーリシオや、モーリシオを懸命になだめる母親を遠ざけ、サンティアゴに事情を尋ねます。しかし、サンティアゴは、泣き崩れてしまっていて、とても話を聞ける状況ではありませんでした。

弁護士は、刑事裁判を乗り越えるため、一家と協力しながら、事故に至るまでのストーリーを懸命に練り上げます。その結果、なんと、この家で働く使用人・ホセ(ヘルマン・デ・シルバ)に、50万ドルで身代わりになってもらう事になったのです。やがて、検察官(ディエゴ・ベラスケス)が捜査のため、この家を訪れます。弁護士たちは、早速、練り上げたストーリーで乗り切ろうとしますが、検察官の目はそう簡単には誤魔化せません。検察官は、弁護士に司法取引を提案します。ただし、100万ドルと、何とも高額な金銭の支払いが条件です。しかも、検察官は、更なる必要経費の上乗せを要求します。弁護士から事情を聞かされたモーリシオは、「100万ドルを超える金額は、支払いたくない。」と言い出します。

やがて迎えた、サンテイアゴの身代わり・ホセの逮捕当日。逮捕にあたって、念入りに一家と打ち合わせをする弁護士。しかし、モーリシオは、あの100万ドルの他に、弁護士への報酬に50万ドルを支払ったり、ホセにマンションを与えたり、家の周辺に警備員を何人か配置したりと、何かとコストがかかるのを嫌がり、「金を払いたくない!」と、憤ります。そんな中、サンティアゴは、罪を告白したくてたまらない心境になります。しかし、サンティアゴが茨の道を歩むのをどうしても見たくない両親は、サンティアゴに罪の告白を断念するよう、説得します。家の外では、事故の被害者や遺族に寄り添う人々が抗議をしていました。果たして、ホセが身代わりとなるこの作戦は、上手く行くのでしょうか…。



「HAPPY WEDDING」

とある結婚式場では、アリエル(ディエゴ・ヘンティレ)とロミーナ(エリカ・リバス)の結婚披露宴が行われています。2人の思い出の写真のスライドショーが行われる中、いよいよ、アリエルとロミーナが入場します。ロミーナの父親は、将来、アリエルが浮気をしないかと心配で、2人が入場してすぐにアリエルに声を掛けて、浮気をしない事をアリエルに約束させます。また、ロミーナも、アリエルの浮気を心配していました。結婚披露宴の出席者の中に、なんと、アリエルの元恋人がいたのです。その後、ロミーナは、アリエルが元恋人と仲睦まじく話をしているのを目撃し、頭の中が不安でいっぱいになります。そして、テーブルに置いたままのアリエルのスマートフォンを手に取り、着信履歴にあった、ある番号にリダイヤルします。電話に出たのは、やはり元恋人でした。ロミーナは、怒りに震える余り、言葉を発する事ができませんでした。

その後、結婚披露宴は佳境に入り、アリエルとロミーナは出席者たちが見守る中、お互いの手を取り、ダンスをします。この時もロミーナの不安は消えず、思わずアリエルに真相を問います。アリエルは、最初は、元恋人の事を「ギターの先生だ」と答えていましたが、ロミーナは、アリエルが浮気を認めるまで諦めたくなくて、しつこく追い詰めていきます。やがて、アリエルは、真実が口から飛び出そうになるのを必死に抑えるように、答えが二転三転するようになり、そして、ついに、ロミーナと交際するようになった後も元恋人と寝ていた事を認めます。ロミーナは、ついに真相を引き出した安堵感と、自分を一途に愛してくれていない悲しさで、号泣してしまいます。アリエルの母親は、ロミーナの異変に気付き、アリエルのダンスの相手になる事を申し出ます。ロミーナは、アリエルだけでなく、アリエルの母親にも心の底から恨みを抱いていました。その後、ロミーナは、自身の父親とダンスを始めますが、気が晴れる事はなく、泣きながら式場の屋上へ行ってしまいます。屋上で、大声を上げて泣き続けるロミーナ。そんなロミーナを心配し、屋上まで追いかけてきた男性がいた。彼は、式場の料理人でした…。



このブログを開設して4年2か月になりますが、南米の映画をご紹介させていただくのは、今回が初めてです。この映画は、全部で6つのストーリーから成るオムニバス映画です。どれも、ブラックユーモアが溢れ、登場人物たちは、世の中に対して怒っている人々にとって良き代弁者でもあり、場合によっては、反面教師でもあります。メガホンを取ったのは、アルゼンチンの首都・ブエノスアイレス出身で、アルゼンチンで、この映画のようなブラックコメディーの他に、ラブストーリー、SF、西部劇と、実に幅広いジャンルのテレビドラマや映画を手掛ける、ダミアン・ジフロン監督です。



この映画は、アルゼンチンの歴代興業収入記録第1位を樹立。入場者数は、アルゼンチン全土で、400万人を超えたそうです。2014年に、アルゼンチンの映画賞・スール賞で、作品賞をはじめとする最多10部門を受賞。同年、第67回カンヌ国際映画祭では、コンペティション部門に正式に出品されました。さらに、翌年の第87回アカデミー賞では、外国語映画賞にノミネートされました。



さて、この映画の6つのストーリーですが、この後、どう展開していくと思いますか?ヒントは、ズバリ、この映画のタイトル「人生スイッチ」にあります。人は、極地まで追い詰められると、禁断のスイッチを押したくなるもの。さあ、スイッチを押すか、否か。もし、押してしまったら、その人には、どんな運命が待ち受けているのでしょうか。

人生スイッチ [DVD]
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終電車(1980年 フランス)

終電車 Blu-ray
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1942年9月、フランス・パリ。フランスは、この時から遡る事2年前に、パリを含む北部がドイツ軍に占領されていました。占領された北部は占領地区と呼ばれ、占領されていない南部は自由地区と呼ばれていました。当時、国民は、昼間は、食料を求めて何時間も行列に並び、夜になると、気温が低くなるため、劇場や映画館に入って、暖を取っていました。どの劇場も、どの映画館も、常に暖を取りに来た人々で満席となるため、予約を取るのは困難でした。そして、夜11時以降は、外出が禁止されるため、人々は、終電車に乗り遅れないよう、細心の注意を払っていました。

終電車〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選6〕 [DVD]
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パリにある劇場の一つ、モンマルトル劇場は、支配人のルカ・シュタイナー(ハインツ・ベネント)が、自身がユダヤ人である事を理由に、国外へ逃亡していました。ルカは、「アメリカへ行ったのではないか」と、世間で噂されていましたが、実際には、南米大陸に行っていました。とにかく、ルカにとって、国外への逃亡は、苦渋の選択だった事だけは確かでした。ルカがいなくなってしまった後、劇場は、妻のマリオン(カトリーヌ・ドヌーヴ)が取り仕切っていました。マリオンは、ユダヤ人俳優の雇用の問題や上演演目の検閲という問題と向き合いながら、劇場を守り続けていました。

終電車 - ARRAY(0xd7e6918)
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パリの街で、若手俳優のベルナール・グランジェ(ジェラール・ドパルドゥー)が、自身より年上と思しき女性・アルレット(アンドレア・フェレオル)に、「聞きたい事がある」と、声を掛けています。この場所の近くに住んでいるというベルナールは、アルレットに、時間を尋ねている訳でもなく、道に迷っている訳でもありません。たまたま、ベルナールが電話を掛けていたら、アルレットが通り掛かり、瞳の美しさや顔の表情に惹かれてしまったというのです。ベルナールは、「誤解しないでほしい」と言って、アルレットから信頼を得ようとしていますが、ベルナールのしている事は、どこからどう見てもナンパです。アルレットは、懸命にベルナールを払いのけようとしますが、ベルナールは、実に4年ぶりとなるナンパを成功させたくて必死です。ベルナールは、せめてアルレットの名前と電話番号を聞き出せたらと思い、ここで初めて自身の名前を名乗ります。しかし、アルレットはここで騙される訳がなく、「電話番号を伝える」と言って、フランスの時報の番号を伝え、ベルナールがメモをとっている間に、姿を消したのでした。



一方、同じパリの別の場所では、幼い少年・ジャコが一人で街を歩いていました。ジャコは、ルカとマリオンとの間に生まれた子でした。ジャコは、通りかかったドイツ兵に髪を軽く触られたところで、普段、ジャコの世話をしている女性に声を掛けられます。ジャコがドイツ兵に髪を触られた事を話すと、女性は、「家で髪を洗わないとね」と言って、ジャコの手を握ります。ジャコは、その瞬間、いきなり女性の手を振りほどき、走り出そうとしますが、すぐに女性に捕まってしまうのでした。



ジャコが女性と一緒にその場を去った後、同じ場所に、ナンパに失敗してしまったベルナールが通り掛かります。ベルナールは、目の前にあるモンマルトル劇場に入るところでした。しかし、残念ながら、正面玄関から入る事ができませんでした。次に、ベルナールは、裏にある管理人室の出入口から劇場に入ろうとします。しかし、ここも閉まっていました。しかし、管理人室には、灯りが付いています。誰かが中にいるのは間違いありません。ベルナールは、管理人室のガラス窓を叩き、一人の女性に、「劇場の方と約束している」と、声を掛けます。女性は、中でベルナールの髪を洗っていました。そう、この女性は、ジャコと一緒にいた、あの女性でした。女性は、「裏の楽屋から入って。」とベルナールに伝え、ベルナールは、ようやく楽屋から劇場に入る事ができました。楽屋の出入口には、ベルナールが約束をしていた男性・レイモン(モリス・リッシュ)の姿がありました。レイモンは、ベルナールを事務所に案内してくれました。



ベルナールは、途中、劇場の理事で、金銭の管理もしているメルラン(マルセル・ベルベール)とすれ違い、事務所に到着します。ベルナールは、案内された事務所の中で、マリオンが来るまで、しばらく待つ事になりました。ベルナールが客席の模型や劇場に出演した俳優の写真に夢中になっていると、マリオンがメルランと一緒に入ってきます。マリオンとメルランは、劇場に出演しているユダヤ人俳優・ローゼンの身分証や労働許可証の事で、口論になりかけていました。これまで、マリオンたちは、自分たちのコネを使ったり、偽物の身分証を発行したりして、ローゼンと契約をする事ができました。しかし、事情が変わり、これからはそういう訳にはいきません。メルランは、どうにかローゼンとの契約を延長できる方法を模索しますが、マリオンは、断腸の思いで、契約の打ち切りを決断します。メルランは、これ以上、自分の意見を押し通す事ができませんでした。このやりとりの一部始終を遠くから見つめていたベルナールは、ユダヤ人差別に抗議するため、モンマルトル劇場を去ろうとします。しかし、かねてからベルナールの評判の高さを知っていたマリオンは、その場で一方的にベルナールと契約を結んでしまいます。契約するにあたり、ベルナールは、契約書にサインをします。そこには、祖父母も両親もユダヤ人ではない旨が書かれてありました。



ベルナールは、早速、劇場の舞台で、女優・ナディヌ(サビーヌ・オードパン)らと一緒に、戯曲「消えた女」の稽古に臨みます。「消えた女」は、もともと、ルカが翻訳したノルウェーの戯曲で、ルカが自ら演出する予定でしたが、ルカがいなくなってしまったため、俳優のジャン=ルー(ジャン・ポワレ)が代わりを務める事になっていました。出演者たちが台本を片手に稽古を進めていると、そこへ、美術と衣装を担当する女性が入ってきます。女性は、街でベルナールにナンパされたアルレットでした。アルレットは、ベルナールの顔を見ると、ナンパされた時の記憶が一気に蘇り、怒りに満ちた表情を見せます。一方、ベルナールは、全く罪悪感が見られませんでした。



ところ変わって、パリ市内のホテル。マリオンは、このホテルの一室でルカと一緒に暮らしていましたが、ルカがいなくなった後も、引き続き一人で暮らしていました。この日、マリオンは、正面玄関から入ってすぐのところで、ベテラン脚本家・バランタンと再会します。バランタンは、マリオンに、「フロントに原稿を預けてあるので、読んで感想を聞かせてほしい。」と伝え、その場を去っていきます。マリオンは、早速、フロントで原稿を受け取りますが、フロント係の男性に別室に案内されます。ルカがパリにいない事をまだ知らない人たちから、ルカ宛に手紙が何通か届いていたのです。マリオンは、夫に代わって、手紙を受け取ります。その後、マリオンは、部屋に入ると、マリオンの下で働くメイドから、昼間に記者が写真撮影に来た事を聞かされます。メイドは、マリオンが不在である事を伝えましたが、記者は「スターの自宅」という特集に使える写真を撮るため、その場で一方的に写真撮影を始めようとしました。しかし、メイドが、マリオンから許可を受けた後で撮影をするよう伝えると、撮影を一切行わずに去っていきました。マリオンは、メイドの機転に感謝します。



翌日、ナディヌが「消えた女」の稽古に1時間も遅刻します。劇場の外で、「ナディヌに何かあったのではないか。」と心配していたレイモンは、ドイツ兵の運転する車で堂々と劇場に入ってきたナディヌの姿を見て、怒りを露わにします。客席でナディヌを待っていたジャン=ルーやマリオンも、レイモンと同じ感情を抱いていました。ナディヌは、ジャン=ルーから遅刻した理由を問われ、自身の置かれた状況を説明します。ナディヌは、朝はラジオの仕事、昼になると録音の仕事、日が暮れると、今度は国立劇場の仕事をしていました。さらに、木曜になると、子ども向けの演劇教室で子どもたちに演技を教えていました。どれも、仕事に繋がるコネを作るためでした。ナディヌは、解雇を覚悟しますが、幸いな事に解雇を免れます。



その日の夜。マリオンは、ランプを持って、たった一人で劇場の地下へ向かいます。そして、一枚の扉を開けると、そこには、一人の男性の姿がありました。その男性は、なんと、南米大陸にいるはずのルカでした。実は、ルカは、既に国外へ逃亡したのではなく、劇場の地下に潜んで、本当に国外へ逃亡できるチャンスを窺っていたのです。ところが、ある日、ルカがパリにいる事実が外に漏れてしまいます。「消えた女」の脚本の検閲をした批評家のダクシア(ジャン・ルイ・リシャール)が、わざわざ劇場を訪れ、マリオンにそう伝えたのです。これまで、マリオンが徹底的に秘密を守ってきたはずが、なぜ、こんな事になってしまったのでしょうか…。



メガホンを取ったのは、「大人は判ってくれない」(1959年)、「突然炎のごとく」(1961年)等で有名なフランソワ・トリュフォー監督。「終電車」は、トリュフォー監督最大のヒット作です。1980年に、第53回アカデミー賞で、外国語映画賞にノミネートされただけでなく、翌年の第6回セザール賞(※フランス映画界で、最も権威のある賞。)で、作品賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、録音賞、編集賞、美術賞、音楽賞、男優賞(ベルナール役のジェラール・ドパルドゥー)、女優賞(マリオン役のカトリーヌ・ドヌーヴ)と、なんと、10冠を達成しました。



この映画を観て、印象に残ったのは、オープニングタイトルです。真っ赤に染まった画面が、とても鮮やかなんです。オープニングテーマ曲に使われているのは、1942年にリュシエンヌ・ドリールが発表したシャンソンの名曲「サンジャンの私の恋人」。哀愁漂うアコーディオンの音色と、恋い焦がれる男性に身も心も愛されたい女性の情熱を表現した歌詞が、真っ赤な画面にとてもよく合い、大人の女性たちの心を鷲掴みにします。この曲を聴くと、女性は、恋愛関係において、受け身である事に喜びを感じるのだという事を、再認識させられます。また、マリオンを演じたカトリーヌ・ドヌーヴのオーラも、印象に残りました。たとえ、パリがドイツ軍の占領下にあっても、舞台の上で生きる人間としてのプライドを無くさない女性を見事に演じ切っていました。毅然とした立ち姿や、ファッション、髪形から、物凄くオーラを感じました。



さて、ルカがパリに留まっている事が外に漏れてしまい、突然、命の危険に晒されるルカとマリオン。これによって、ベルナールは、影が薄くなってしまったように感じられますが、実は、そんな事はありません。ベルナールがモンマルトル劇場にやってきた一番の目的は、「消えた女」への出演ではなく、ある理由で、マリオンに近付くためだったのです。ベルナールは、目的を達成するために、必ず劇場の外で様子を見守る仲間のクリスチャン(ジャン・ピエール・クライン)の力を借りて、マリオンの人物像を調べていきます。マリオンに近付く理由とは、一体何なのでしょうか?また、ナディヌやアルレットも、誰にも言えない、ある秘密を抱えていました。ある日、マリオンは、この秘密を思わず目撃してしまいます。この時のマリオンの心境とは?さらに、「消えた女」の稽古中にナディヌの鞄が盗まれる事件が発生し、劇場の人たちはマリオンに警察へ通報する事を勧めます。しかし、マリオンは、ルカの事を考えると、警察の介入を受け入れる訳にはいきません。これらのような紆余曲折を経て、いよいよ、「消えた女」が開幕します。後半も、見どころ満載の映画です。ぜひ、最後まで楽しんでいただけたらと思います。

終電車 Blu-ray
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5パーセントの奇跡~嘘から始まる素敵な人生~(2017年 ドイツ)

5パーセントの奇跡 ~嘘から始まる素敵な人生~ DVD
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ドイツのギムナジウム(※ヨーロッパの中等教育機関)に通う、真面目で成績優秀な学生サリヤ・カハヴァッテ(コスティア・ウルマン)は、学業の他に、ドイツの湖畔に建つレストランで実習生として働いています。その働きぶりは、実に優秀で、先輩の後についてではありますが、給仕を任される程でした。ところが、ある日、そんなサリヤの順風満帆な日々に暗雲が立ち込めます。休日に、自宅で、スリランカ人の父、ドイツ人の母・ダグマール(シルヴァナ・クラパチ)、妹・シーラ(ニラム・ファルーク)と一緒に食事をしている時に、突然、視界がかすんだのです。別の日に、学校の授業で黒板の前に立った時も、手元にあった自筆のメモが読めず、授業を見守っていた教師から「ウケ狙いか?」と茶化されてしまいます。

5パーセントの奇跡 ~嘘から始まる素敵な人生~ Blu-ray
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サリヤは、両親に付き添ってもらう形で、眼科を受診します。早速、医師が視力検査を行うのですが、どんなに大きな文字を示しても、どんなに大きなランドルト環(※視力検査で見かけるCのような形のもの)を示しても、サリヤは、全く見えません。検査の結果、サリヤは、先天性の疾患を抱えている事が分かります。先天性の疾患の合併症により、急激に網膜剥離が起こっていたのです。既に、視力の80%が失われ、視神経も損傷を受けているといいます。少しでも視力を残すには、手術が必要です。父は、あまりにも残酷な診断結果に耐えきれず、診察室を出ていってしまいます。ダグマールは、厳しい試練を課せられた息子を、ただただ抱きしめます。

数日後、サリヤは手術を受けます。手術の結果、サリヤは視力を5%だけ残す事ができました。しかし、サリヤは、これを機に、盲学校に転校する気はありませんでした。これまで通っていた学校に引き続き通い、卒業したら、ホテルで研修をしたいと考えていたからです。父は、サリヤに現実と向き合ってほしいと考え、自宅の本棚から本を1冊取り出し、適当にページを開いて、「声に出して、読んでみろ。」と要求します。サリヤは、全く読めず、悔しい想いをしますが、それでも盲学校に転校する気持ちにはなれませんでした。ダグマールは、そんなサリヤの姿を見て、改めて、彼の意思を尊重する決意をします。

5パーセントの奇跡 ~嘘から始まる素敵な人生~(字幕版)
5パーセントの奇跡 ~嘘から始まる素敵な人生~(字幕版)

学校でも、数学の教師や同級生たちがサリヤを支えてくれました。数学の教師は、「(口頭での説明が)速かったら、言ってくれ。」と気遣い、サリヤの隣の席の同級生も、サリヤが板書を書き移すのに苦労しているのを目にすると、サリヤのノートに文字を大きく書いてくれました。サリヤが自宅に帰ると、シーラが教科書を朗読してくれました。ダグマールも、サリヤやシーラの労を労うべく、お菓子や水を持ってきてくれました。やがて、サリヤは、卒業試験の時期を迎えます。試験を受けた結果は、2.7。サリヤは、ギムナジウムの卒業資格を取得する事ができたのです。学校から帰ったサリヤは、努力ぶりを父に褒めてもらいたくて、早速、父に報告します。しかし、父は無表情で、ただ「おめでとう」と言うだけでした。サリヤは、父の表情はよく見えなくても、自身に対する関心のなさは見抜き、目に涙を浮かべて、自室に籠ってしまいます。



自室に籠ってしまったサリヤは、パソコンを使って、研修生を募集するホテルの求人に応募します。サリヤがホテルで働きたいのには、理由があります。サリヤは、14歳の時に父の故郷・スリランカを訪れたのですが、おじの勤務するホテルに泊まった際、言語、文化、宗教、服装も異なる宿泊客たちに、尊敬の気持ちを持って接するスタッフたちの姿に感銘を受け、それ以来、ホテルで働くのがずっと夢だったのです。ギムナジウムの卒業資格を取得した事は勿論、視覚に障がいがある事も正直に入力し、努力をアピールするサリヤ。しかし、結果は不採用でした。不採用を通知する手紙には、「応募者多数のため」と理由が書いてありましたが、実際は、障がい者を雇用するのに慎重になっているだけでした。「5つ星ホテルなど、非現実的です。電話の受付係やマッサージ師が向いていますよ。」中には、こう言って、サリヤに理解を求める人もいましたが、サリヤは、「障がい者だから、夢を見てはいけないのか?」と憤ります。



その後、サリヤは、ミュンヘンにある5つ星の老舗ホテル「バイエリッシャー・ホーフ」の研修生の求人に応募します。サリヤは、今度も、視覚に障がいがある旨を正直にパソコンに入力します。「バイエリッシャー・ホーフ」は、1841年創立の老舗ホテルで、客室数は340。ナイトクラブをはじめとするエンターテイメントは伝説と言える評判ぶりで、5店のレストランと、6店のバーは、食通たちをうならせています。まさに、サリヤにとって、夢の空間です。サリヤは、早速、自宅で面接の練習を始めます。サリヤは、シーラに面接官役になってもらい、「どんなお客様にも、丁寧な対応ができるか?」と尋ねてもらうと、シーラの顔を見ながら、「声の調子で、ご要望も分かります。」と笑顔で答えるのでした。

いよいよ、面接当日。サリヤは、ダグマールの運転する車で、シーラと一緒にミュンヘンの「バイエリッシャー・ホーフ」を訪れます。サリヤは、ダグマールやシーラに励まされ、一人で回転ドアを通り抜けます。そして、大勢の宿泊客にぶつからないよう、気を付けながら、フロントの傍の椅子に座っていた人事部長のフリート(アレクサンダー・ヘルト)に近付きます。その後、お互いに挨拶を済ませると、フリートは館内を案内してくれました。すると、背後から一人の青年が近付いてきます。この日、面接に1時間も遅れてしまったマックス(ヤコブ・マッチェンツ)です。マックスは、「トラックが市電に突っ込み、足止めを喰らっていた。」と言い訳します。フリートは、マックスの言い訳に呆れながらも、サリヤとマックスを案内する事に決めます。



フリートは、テラスを案内しながら、サリヤに、求人に応募した理由を尋ねます。サリヤは、夢中になって質問に答えますが、自身の気づかぬ間に、フリートとマックスが歩く方向を変えてしまい、サリヤがハキハキと独り言を言っているような状態になってしまいます。サリヤの姿が見えなくなった事に気付いたフリートは、「こっちだ」と声を掛けます。サリヤは、慌ててフリートたちの方に向かって走りますが、途中でつまづき、転びそうになります。マックスは、転びそうになっているサリヤに早めに気付き、さりげなく手を差し伸べ、サリヤは事なきを得ます。

その後、サリヤとマックスは、スイートルームを案内してもらいます。もし、2人が採用されたら、最初にハウスキーピングを学ぶ事になります。この後、一同は厨房へ向かいます。サリヤは、厨房の活気に圧倒されます。そんな時、フリートは、料理長のクローン(ミヒャエル・A・グリム)を2人に紹介します。紹介が終わると、サリヤは真っ先にクローンに握手を求め、クローンはそれに応じるのでした。そして、一同は最後にレストランへ。テーブルは15卓で、ディナーの時間帯は常に満席状態です。フリートは、研修生を人一倍熱心に育てる事で知られるレストランの責任者・クラインシュミット(ヨハン・フォン・ビュロー)を紹介します。この時、マックスは、サリヤが視覚障がい者である事に何となく気付いていました。サリヤも、マックスが前夜に酒を飲んで、酒の臭いをミントでごまかそうとしている事、着ている服に煙草の臭いが染みついている事に気が付いていました。一同がレストランを出た後、ようやく面接が行われ、その結果、2人とも研修生として採用されます。



初めての出勤日、サリヤはシーラに通勤経路の歩き方を教わりながら、出勤します。サリヤとシーラが集合場所となっている通用口の前まで来ると、大勢の仲間たちが、研修生生活の始まりを、今か今かと待っていました。サリヤも、シーラと別れた後、マックスと再会し、胸を高鳴らせます。そして、いよいよ、研修生生活が始まります。研修生たちは、人数が多いため、いくつかの班に分かれる事になっていました。研修生への教育を担当するリーディンガーは、研修生たちの前で、誰がどの班に所属するのかを順番に発表します。因みに、サリヤは、リーディンガーが自ら訓練を担当する班に所属する事になりました。同じ班には、ハンナ、ティム、イリーナ、ヤラ、そして、マックスがいました。その後、一同は客室へ移動し、ハウスキーピングの研修が始まります。まず、研修生たちは、ベッドメイキングの練習をする事に。最初にリーディンガーがシーツの角の畳み方を丁寧に教え、それから研修生たちが同じ作業を繰り返します。しかし、サリヤは、どんなに目を凝らしても、リーディンガーが見せる動きがほとんど分かりませんでした。

さらに、サリヤは、客室のドレッサーの鏡を、自ら持参した分厚いルーペで汚れが残っていないかどうか確かめながら拭いていた時に、マックスに不意に声を掛けられ、ルーペを使っている理由を尋ねられます。サリヤは、マックスの前でこれ以上健常者のふりをし続けるのは無理だと判断し、とうとう網膜剥離で視力が5パーセントしかない事を打ち明けます。マックスの反応は、…。



視力が落ちている事をまず最初にマックスに打ち明けるサリヤ。サリヤは、マックスの反応がどうなるのか、全く予想が付かなくて、心臓が飛び出そうになるくらいに緊張しているのではないかと思います。「もし、マックスと絶交する事になったら、どうしよう。」、「もし、『バイエリッシャー・ホーフ』を辞めなければならなくなったら、自分の後に続く障がい者がいなくなってしまう。」と、様々な不安に襲われている事でしょう。



さて、少々話が変わりますが、物語の展開からして、フィクションのように思えるこの映画、なんと、実話です!マルク・ローテムント監督が、サリヤ本人の自伝を基に映画化しました。ローテムント監督は、ドイツ映画界のヒットメーカーで、映画祭での受賞経験も豊富です。代表作は、「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」(2004年)で、2005年に第78回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたほか、同年に第55回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞しています。



では、この映画が実話に基づいている事を皆さんに知っていただいた上で、サリヤ・カハヴァッテがどういう人物なのか、ここでもう少し情報を補足したいと思います。サリヤ本人が実際に失明したのは、15歳の時。それ以来、彼は、盲目である事をなんと15年間も秘密にしていたそうです。その間、ギムナジウムを卒業し、ホテルで見習いとして働き、接客業と美食調理法においてキャリアを積みました。現在は、ドイツ・ハンブルクに住み、ビジネスコーチ、ドイツ語圏内の国々での講演活動、仏教徒としての修業、アーユルヴェーダ料理作りと、多忙な日々を送っています。



この映画を観て、印象に残ったのは、ほぼ全てのシーンでサリヤの視界が再現されている事です。残りわずか5%となったサリヤの視界は、光は感じられ、人や物の色は分かるのですが、人の体型や物の形は全く分からず、形を理解できない事がいかに日常生活に支障をきたすのかがよく分かりました。この状態で、仕事に就けない怖さから逃れるために健常者のふりをし続けるのは、かなり無理があると思いました。因みに、サリヤを演じたコスティア・ウルマンも、サリヤの視界を理解するために、特注のコンタクトレンズと訓練用のゴーグルを使って、撮影に臨んだそうです。



物語の後半では、サリヤの不安とは裏腹に、料理長のクローン、厨房で皿洗いの仕事をしているアフガニスタンからの難民・ハミード(キダ・コドル・ラマダン)、5歳の息子・オスカーを女手一つで育てながら、両親の農場を手伝い、「バイエリッシャー・ホーフ」の厨房に農作物を納めているラウラ(アンナ・マリア・ミューエ)など、様々な人たちがサリヤを助けてくれます。サリヤが働きやすくなるよう、各々が親身になって考えてくれる様子は、とても心が温かくなります。しかし、サリヤは、スタッフを人一倍熱心に育てる事で知られるレストランの責任者・クラインシュミットには、視覚障がいの事をどうしても打ち明けられません。クラインシュミットは、サリヤにとって、大ピンチを与える存在とも言えますし、一人の障がい者として本当に大切な事を教えてくれる存在とも言えます。私は、この映画に登場する脇役の中で、クラインシュミットが最も印象に残りました。ところで、サリヤは、マックスとはどうなるのでしょうか?その答えは、ぜひDVDで!

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